「一人が好き」という人を、理解することはできるだろうか。
「理解できない」「一人って寂しいだけでは?」「なぜ一人が好きなのだろう」などと思う人が多いのではないだろうか。
これはいたって普通の反応だ。人間は様々な欲求を持つが、その中に「集団に所属して精神的に満たされたい」という「社会的欲求」がある。すなわち、人間は集団でいることを望むものであり、「一人でいたい」という願望はその対極にあるものだといえる。
よって、「一人が好き」な人を理解できないのは当たり前なのだ。人間として正常な状態である。
しかしながら、筆者は一人が好きだ。もちろん人間なので「誰かといたい」と思うこともある。それでも、基本的には一人でいるほうが楽なのだ。
それはなぜなのか。「一人が好き」という人間は(というか筆者は)どのような考えを持っているのか。この記事では、これについて書いていきたい。
一人が好きな理由
さっそく、一人が好きな理由について書いていく。
「一人が好き」=「協調性がない」「自己中心的」と思う方もいるかもしれない。しかし、一概にそうともいえない。少なくとも筆者の場合はそうではない(と思っている)。
どちらかというと、「協調性を重視しすぎている」が正しい。詳しく説明していく。
周囲に敏感
まずは、自分の周囲の雰囲気を敏感に掴み取っている。
「空気が読める」と言われるわけではない。変に深読みしたり、「分かっていないふりをしたほうがよさそうだ」と気を遣って空気が読めていないふりをしたりするため、「特に空気が読める」人間だとは思われていない。一方で、「空気が読めない」とも思われない。つまり普通の人間のように見せかけている。
しかしながら、「あの人はあんなことを言っていた」「あの人とあの人は関係性が悪いらしい」など、自分に関わる多くのことを長く覚えている。
自分がどう思われているか気にしてしまう
周囲に敏感になると、「自分はどのように思われているのだろう」「自分もあのように陰口を言われているのではないか」などと考えるようになる。
すると、会話にも悪影響が出てくる。会話の間にも「これを言ったらどう思われるかなあ」「自分が良く思われるにはどうすれば良いか」などと考えてしまう。
自分への評価を気にしすぎて、とんでもなく気疲れするのである。
気を遣いすぎる
周囲の雰囲気と自分への印象を気にするということは、人に気を遣うということでもある。
例えば、「この行動は失礼ではないか」「先輩が動いているのに自分が何もしていないのはまずいのではないか」「先に帰るのもなんだか申し訳ない…」などなど。
何かお誘いがあったならば、「断ったら相手はがっかりするだろうな」「せっかく誘ってくれているのに申し訳ない」など(もちろん断ることはできない)。
何かをお勧めされると「せっかくおすすめしてもらったのだから…」「行かないと/見ないと申し訳ない」(あまり興味がなくても貴重な休日をつぶして行き感想を伝える)。
このように、相手との関係性や周囲の空気を崩さないためにとにかく気を遣う。
もちろん、こういったことを過度に気にする必要はないだろう。誘いについては相手も「予定が合わなければ仕方がない」と思うだろうし、おすすめについても話のネタがないからしゃべっているだけで、実際に体験することは期待していないかもしれない。
しかしながら、「相手に嫌な思いをさせて、関係を悪くしたくない」という一心で、気を遣いまくってしまうのである。「相手に嫌な思いをさせたくない」≒「相手が嫌な思いをして自分が嫌われるのが怖い」ともいえ、「自分がどう思われているか気になる」の延長線上にあるといえるかもしれない。
そして、このように気を遣いまくった結果が、逆の効果を生んでいる(あいつは気を遣いすぎで楽しくないよなあ、などと思われている)可能性についても考え、嫌になるのである。
考えることが増える
気を遣いすぎるとほぼ同義だが、人と接すると考えることが膨大になる。
例えば人に誘われて、休日出かけることになったとしよう。
まずは集合場所や時間で気を遣う。「相手に近いところのほうがいいよな」「時間は早すぎてもだめだよな。何分前に着こう…」。
次に服装。「自分のキャラ的にできるだけ地味な格好で」「でもセンスあると思われたいよなあ」。
そして、食事。お昼が近づくと「お腹すいていないかなあ」「ごはん美味しいところがいいけど…相手は混んでいると嫌かもなあ。美味しくて空いてるところなんてあったっけ?」
その他、全体的に。「向こうは楽しんでくれているのだろうか」「貴重な休日を自分なんかと過ごしてもらっていいのだろうか」…
いくらでも考えが頭に浮かぶ。こんなに考えていて、純粋に楽しめるわけがない。
読んでいて、「そんなに悩むことではないだろう」と驚いた人も多いかもしれない。「そんな気を遣わず、純粋に楽しむほうが相手も嬉しいのでは?」。
そう、それは分かっている。しかし、それができないのだ。
一人が楽
ここまで書いてきたように、人と接するととにかく気を遣って疲れてしまう。というか、気を遣わずに人と接することができない。ということで、「一人が楽だ」となる。
一人なら何も余計な気を遣う必要はないし、好きな時に好きなことができる。自分のことだけ考えていれば良い。とんでもなく楽だ。
一人が好き=協調性を重視しすぎる?
以上、筆者が一人が好きな理由について書いてきた。果たしてどのような感想を抱いただろうか。
冒頭で、「一人が好き」=「協調性がない」「自己中心的」と思う方もいるかもしれない、と書いた。これについては、どう思われただろうか。
「気を遣いすぎる」ことも、結局は「自分が嫌われたくない」に帰結するため、「自分がかわいい自己中心的な人物」といって間違いはないのかもしれない。
しかし、周囲からはそうは見えていないようだ。少なくとも、職場では「自己中心的ではない、むしろ周りに合わせまくっている」との評価を受けている(陰では別のことを言われている可能性もあるが…)。自分で言うのもなんだが、そういった面で人に嫌われるタイプではない。
「協調性がない」「自己中心的」よりはむしろ、「協調性の鬼」とでも言おうか。人と関わる限り、「相手に嫌な思いをさせたくない」と思って気を遣いすぎてしまう。ということで、人と関わらない、すなわち「一人でいる」ことが楽になり、「一人が好きだ」と思うようになってしまったのである。
もちろん、全ての「一人が好き」な人間が同じことを考えているとは思っていない。一人が好きな人間の一例として、「こんな考えもあるんだ」などと思っていただければ幸いだ。
読んでくださってありがとうございました。
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